17.
第四話 損得勘定
東1局はマナミが手なり※で5巡目に先制リーチをかけた。
「えー! はやいー!」
全員からのブーイングだ。別に5巡目リーチは言うほど早くはないが。
数巡後……
「ツモー!」
マナミ手牌
四伍六六七八②②②③④⑥⑦ ⑤ツモ
マナミがメンタンピンツモの2600オールを仕上げる。7800点の収入。全員と10400点差のつくアガリだ。充分な打点であると言っていいだろう。
麻雀にはこの『点差』というものへの意識が重要で、例えば親番に8000を放銃したとしてもそれにより開く点差は16000であるため放銃回避をしたばかりに3000.6000をツモられて18000点差開くよりはマシだ。親番に3900の放銃をして7800点差つこうとも1300.2600をツモられてしまえば結局は7800点差開くので同じことだから気にすることはない。
この点差への意識を高めていく事で『押し得』か『降り得』かを見極めていく。麻雀とはそういう損得勘定をするゲームなのである。
さて、親のマナミが和了ったので東1局一本場だ。
スッ。とマナミが100点棒を右に置く。これは積み棒と言って一連荘目という目印だ。マナミのその積み棒を置く動作の似合うこと。堂々たる所作。
(強い…… これが3年生!)ヤチヨとヒロコは既に圧倒されていた。しかし、ユウの心だけは少しも揺れていなかった。まだ、東1局。なんとでもなる。そう、考えていた。
メンタンピンをツモっただけ。それだけだったが気持ちの上ではマナミとユウの一騎討ちになりつつあった。
東1局一本場のサイが振られる。
1ゾロの2
「ヤチヨちゃんドラ開けて」
「あ、ああすいません……!」
これは2が出るとよくある事で、サイの目が2だと取り出しは右からになるのだがドラ表示牌は対面になるため対面がドラ表示牌をめくるのを忘れる事がある。
この時ヤチヨは完全にマナミの気合いに圧倒されていたので余計に忘れてしまった。
(ヤチヨちゃんじゃ勝てそうもないな。ここは私がなんとかしなきゃ)
そう感じて、展開読みのエキスパートである賢者ユウが動き出した。
東1局一本場
7巡目ドラ中
「チー」
佐藤ユウのリャンメンチー。②③と持っている所の④を上家であるマナミからチーした。しかもその前巡にはマナミは①も捨てており、それには食いついてないという情報もある。
(①はスルーした…… つまりあれはタンヤオ仕掛けよね、真ん中さえ切らなきゃ大丈夫そう……)そう思ってヤチヨはずっと1枚持っていた『白』を手の内から切り出す。すると。
「ロンッ!」
「えっ!?」
ユウの手がパタリと倒される。
ユウ手牌
赤⑤⑤⑤456中中白白(②③④) 白ロン
「8000は8300!」
「せ、先輩、それ前巡の①チーしないんですか?」
「ん? そんなの鳴いたら字牌警戒されてアガリ難くなるわよ。中も白も生牌だったし。テンパイが目的なわけじゃないんだから①は鳴かないわ」
「しょんぱい?」
「そ、生きてる牌って書いてションパイ。まだ1枚も出てきてない牌のことを指す言葉よ」
「へええぇ」
ヤチヨとヒロコは(初めて知ったー)となってしまう。麻雀に対する知識の差は歴然だった。
しかし、ユウはこう思っていた。
(マナミを狙って仕掛けた罠だったけどヤチヨちゃんが引っかかったか、しかも、キチンと読んだ上で。ションパイも知らない素人なのに。この子は才能がある。油断は出来ないわ……!)
「ヤチヨちゃん」
外野のスグルが声をかける。
「はい」
「良い読みでした。それでいいよ! 今のはうちの妹が上手すぎるだけだから」
「! は、はい!」
(あー、せっかくやっつけたのに息を吹き返したじゃんか~。お兄ちゃんめ~! 余計なことを!)
そうは思いながらも、妹が上手すぎると褒められてニヤニヤする佐藤ユウなのであった。
◆◇◆◇
※手なりとは、特に考えたわけではなく自然な手順で進めたということ。なりゆきで進んだ手。
230.第十三話 私の中の佐藤ユウ南2局 井川ミサトの最後の親番 ミサトには非常に期待値の高い手が入っていた。そんな6巡目。ミサト手牌 切り番三三三四七②③④④⑥⑦234 ドラ7 場にはピンズの上がポロポロ出ており⑤-⑧あたりはサクッと引いてこれそうだった。 七切りすれば全箇所で受け入れ豊富なイーシャンテンだ。しかし。ミサト打④『んんんんん??』『井川、これは不思議な選択をしました。何のために七を残したのでしょうか?』『ちょっと、わかりませんね。たしかにこの手に①を引いてしまうと勿体ないとは思いますが……』(解説者さんたちは困惑してるとこじゃないかな。この、ユウがやりそうな選択は。私の中の佐藤ユウがここは七萬を囮に残せと言っているの!)3巡後ミサトツモ⑧『張った! 勝負手』「リーチ」打七 スパッと美しく牌を横に曲げる。その所作一つとってもフリーに通い始めの頃のミサトとはまるで違う。林アヤノを見て習ったプロの所作。井川ミサトもカオリ同様に凄まじく成長していた。同巡カオリ手牌二三四伍六七八④⑤7788 7ツモ ドラ7『あっ! 財前カオリもテンパイしました!』『いやでもこれは、二切りになってしまいますよ!』『もしかして…… いや、間違いない。待ちの反対側となる上の牌を囮として引っ張ることで本命を上だと思わせ
229.第十二話 プロの対応 最終戦南入。勝負は後半戦に突入した。親は左田ジュンコ。 左田は親番だからリーチして攻めたいのと最後の親番をなんとかして維持するために鳴きたいのとで考えが決まらず揺れていた。(メンゼンで行くなら役牌はいらない。でも、仕掛けて行く方針も捨てがたい…… どうする) タンヤオもピンフもつかなくする三元牌の存在は扱いの難しい問題だった。「…すいません…」 ジュンコが第一打から長考する。そんなことは普段ならまずない。決勝戦のプレッシャーがジュンコに大きくのしかかっているのは誰の目にも明らかだった。(ジュンコさんのこんなに長考するとこ初めて見た)《親番のジュンコにとってはここが天下分け目ですからね》ジュンコ1巡目打発 この、ごく普通の切り出しに15秒ほどかけた。その事実が(この局はリーチで攻める。先制リーチの為に目一杯まで広く受けて鳴かれそうな牌はスタートから処分していく!)と宣言しており、危険信号だった。 それを見た白山シオリが(その対応はさすが!)としか言いようのない反応を見せた。「(四)チー」「ロン。1300」白山手牌二三②②②⑧⑧中中中(二三四チー) 一ロン 四萬の方を鳴いてタンヤオに見せかけての一萬をロン。しかも、鳴かなければ四暗刻イーシャンテンの手からの仕掛けである。(くっ! 確信してる鳴きだ。ここで私が決定打を作ろうとしてることを……。や
228.第十一話 ウルトラCの麻雀 シオリとジュンコはここで(絶対にこの最終戦だけはノーミスで打つ!)という心構えでいた。それは立派だったが、カオリとミサトの心構えはそれ以上だった。(最後の半荘だ。絶対に満点を…… いえ、それ以上のウルトラCの麻雀をしてみせる! 今日、いまここで自己最高記録の更新を! いま、自分の枠をブチ破ってやる!!) さながらオリンピック本番で自己新記録を出すつもりのアスリートのようである。 この考え方こそが佐藤スグル直伝のものだ。細かいところは教えてくれないスグルだが、強く生きるとは、勝つとは、それがどういうことか。そんなような話はよくしてくれた。 かつて麻雀部で佐藤スグルはこう教えてくれた――「いいか、そつなく打つな。小さくきれいにまとまろうとすんな。多少危険だろうと構わない。もとより安全と勝利は両立しないものだ。 上手くなくていい。ただ挑戦者であれ! いつだって満点以上を出すつもりで戦いに挑むんだ。そうした時にやっと初めて満点が出るんだよ。ミスしないぞという心構えじゃ80点の正解が限界だからな。120点取るつもりでいて初めて100点が目指せるってこと忘れないこと!」「「はい!」」「力強くあれ! おれたちはチャレンジャーだ! 昨日までは出来なかったことであっても諦めたらいけない! 今日は出来るかもしれないと思って挑むんだよ!」────── この心の持ちようがカオリたち麻雀部の強さなのだった。そして今その心構えの効果が結果に出た。「リーチ」 白山シオリの先制リーチだ。そこに対してカオリは安全牌を持っている。しかし……
227.第十話 最高打点になる手順 池袋―― 雀荘『ペガサス』にて「ナオさん、何見てるんすか?」 財前マナミの実の姉である石井奈央(いしいなお)はパソコンで師団名人戦を観戦していた。「師団名人戦決勝」「へえ、競技麻雀も興味あるんすね」「私の義理の妹がいま決勝戦に残ってるからね」「ええっ!?」「この子。財前香織」「めっちゃ美少女!」「そうなのよ。ちなみに血の繋がった妹もいるけどそっちも美少女プロ雀士よ」「でも、財前って? リングネームみたいなもんすか?」「いや、本当は私も財前なの。親が再婚したからね。でも、そのタイミングで私は自立して家を出てってたから面倒くさいし旧姓の石井をそのまま名乗ってるだけ。いま親の姓は財前なのよ」「えっ、そうなんだ」「私は財前にはならなくていいわ。それよりも、早く私を『泉』にしてよね、テンマくん!」「も、もーちょっとお金が溜まったらね……」「たくう、頼りないんだから!」◆◇◆◇ 水戸―― 雀荘『ひよこ』にて「店長、店長! 最終戦ですよ!」「おお! どうだ、カオリさんは勝てそうか?」「総合ラス目だけど優勝の目はあります。それに、なんだか楽しそう! あの子はきっとやってくれる。諦めてないどころか、ここから逆転するストーリーを考えて楽しんでる。そんな顔してますね」「なら、きっと勝つ
226.第九話 絆読み ──最終戦 井川ミサトはジッと財前カオリを見つめて昔のことを思い出していた。(カオリ…… 私の大好きな友達。高校2年の頃は麻雀部で1番弱かった子が…… それが今はすっかり強くなってプロ意識も高い。しまいには麻雀界最強を決める大会の決勝戦に残って私の敵として立ちはだかるのだからわからないものね、カオリも私も)「リーチ!」 そんなことを考えていたらカオリから4巡目にリーチが入った。ミサトの手はとても勝負などできるものではなかったので徹底して降りたが…… 15巡目、ついに安全牌を失ってしまう。 選択肢は2つだけ。孤立した1索切りか孤立した三萬切り。他の牌は5枚使いスジや宣言牌跨ぎの3枚使い、ドラ周辺牌などでとてもじゃないが切り出せない。1が当たりのケース1.1単騎2.1シャンポン3.1-4リャンメン(あるいはノベタン)この3つのケースであり、それと比較して三は三が当たりのケース1.三単騎2.三シャンポン3.三-六リャンメン(あるいはノベタン)4.三ペンチャン5.三カンチャンこの5つのケースがある。つまり数字の理論上は1索の方が通るように思えるが…… それは間違いだ。(果たしてプロ意識を持っているあのカオリが4巡目リーチで愚形三萬待ちなどするだろうか? ましてこれは映像対局だ…… あの子なら……)
225.第八話 麻雀界最強を目指して『間もなく最終半荘となるわけですが、先ほどのゲームはいかがでしたか小林プロ』『いやーー! さすがでしたね、いいものを見ました。あのままやられる井川プロではないと思っていましたがあそこまで復活するとは』『昔から言いますからね「虎は傷ついてからが本物である」って』『ヒンズー教徒のことわざでしたっけ。となると、今回の半荘で傷ついたもう一頭の虎が今度は気になりますねー』『財前のことですか』『はい、彼女もまた虎の牙を持つ獣でしょう。私達と同じですよ』『……ですね。面白い試合を期待しましょう!』「ねえ、白山」「はい?」「あと、1時間もしたら決着ね」「はあ、だいたいそんなもんですね」「寂しくない?」「……?」「私は、この勝負が終わっちゃうと思うと寂しいわ。50も過ぎるとね…… こんないい試合に出会えたこと、それ自体がもう、感動で。なかなか無いわよ、今日みたいな面子でこんな大舞台で打てる機会は」「……そういうものですか」「あなたはこれから先もきっと決勝戦に何度も残る。優勝だって何度もすると思うわ。でも私は違う。現にそんなことにはならなかった人生を半世紀歩んできたから分かるわ。だから、今日この日がずっと前から楽しみだったし、あと1時間くらいで終わるなんて寂しいのよ」「でも、ジュンコさんは最近成果を上げてます。結果だけ冷静に見て考えると『強くなった』という事ではありませんか? 何か、以前とは違うことを始めて、それが効果を出したみたいな可能性はないんですか?」「無い無いそんなの! あるわけないって。たまたま偶然だよ」「そうですか…… それにしては今日の麻雀、